2016年02月24日

【KSM】世界は日本をどう見ているか 大東亜戦争の真実 英霊たちに捧ぐ



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2015年11月21日

【KSM】神風特攻隊が残した戦果 連合国側の軍人の証言 今を生きるすべての日本人へ

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2015年11月08日

封印された占領下の米兵「日本人婦女子凌辱事件ファイル」



喧嘩でも反米でもなく、主権国家の主張!
日本は「真実」で攻勢に転じよ! 中

20070619004
スクープ!従軍慰安婦騒動どころではない
封印された占領下の米兵「日本人婦女子凌辱事件ファイル」
 いまだ数々の戦争犯罪に対して、一度も謝罪したことのない米国に、なぜ毅然とした態度で挑まぬのか。米国は、日本を非難する前に、ワシントン国立公文書館や米軍公文書館で調査してみよ。 慰安婦非難決議の第4頂にこうある。 「現在と未来の世代にわたり、このようなおぞましい犯罪があったことを教育せよ」 この言葉、そっくりそのまま米国にお返しする。 SAPIO(小学館)2007年4月11日号より記事を引用
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世界に真実を発信する重要性

 読者はご存知の通り、先の米ワシントン・ポスト紙における全面広告掲載(6月14日)の端緒を開いた椙山浩一氏は、昨年(2006年)の米大手2紙による同氏考案の広告掲載拒否を受けている。南京事件の虚構を証明する広告が拒絶に遭ったのである。しかし、椙山氏はこの春に活動の継続を宣言。海外に向けて「声を上げる」ことの重要性について、次のように述べられている。

 『欧米は中国のプロパガンダに完全に毒されています。それに対し、日本は国益なるものを発信していく意識が弱い。戦争を経験した私からすると、今の状況はお人好しな日本人が外国に嵌められて国際的に孤立。戦争に巻き込まれて行ったのとダブって見えます』と。

 むしろ、孤立を回避するために、多くを語らずを是とする美徳に終わらず、あえて国際社会に対して声を上げ、真実の証明を示す。その重要性について述べておられる。戦争を体験された椙山氏の言葉だけに、憂国の士が示す言葉には尊い重みがある。
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米国が直視すべき自国の「事実」

 筆者は反米主義者ではない。だが、筋違いな貶(おとし)めに遭っている日本国民の1人として、「米国こそ確認すべき史実」が数多く存在しているのではないか、と。こう問わずにはおれない。米国ともあろう科学的検証の大国が、特定国による反日策動に乗り、その内容の検証も乏しい法案に、中立の立場にあるべき外交委・委員長までが賛同し、可決せんとする下院議会の暴走を許せば、米国自身が自国の品位を貶め、自国民の尊厳と名誉を貶めることにもなりかねない。

 米下院議会では、この筋違いな法案提出の趣旨として、「日本は本当の意味でまだ謝罪していない。事実を直視して心から謝罪すべきだ」(要旨)と謳(うた)っている。同盟国に対し、60年以上も前の事柄について、しかも、さしたる客観的な事実検証もなく、特定国の言い分のみを受け入れて謝罪要求の骨子としている。「矛盾」と云わざるを得ない。

 「事実」に目を向けるならば、日本に存在する、幾多の記録と米軍兵士による爪痕(つめあと)に目を向けるべきである。戦時中の、いわゆる朝鮮の女性に対する“性奴隷”の証拠は存在していない。具体的にあるとすれば、慰安婦を名乗る女性たちの自己申告の「証言」のみであり、証拠ではない。

 その輪に輪をかけた証言活動のもとになっている「河野談話」が「証拠」かといえば、これも「論拠」とはなっても「証拠」足り得ない。また、世界中を一人歩きしている、性奴隷「20万人」説のもととなった吉見氏(中央大学教授)の説も、その客観的且つ具体的な実証はない。また「証拠」とは成り得ず、個人の「学説」の域を出ていない。事実ではないからだ。
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証拠の有無の検証を

 事実を直視せよ、と云うのであれば、先ず成すべきことは、「証拠」や「証言」の具体的な検証とそれを取り巻く状況の認識と分析、検証が不可欠である。まして、米国は、他国に「謝罪」を要求するのであれば、自国の「事実」を先ず直視してからでも遅くはない。

 たとえば、特定国が喧伝するように、日本軍が20万人もの性奴隷狩りをしたというのであれば、言葉は悪いが、当地には混血児が多数存在していても不思議ではない。だが、それらの記録も話も存在していない。

 だが、ベトナム戦争時に、米国の容認下で韓国軍がベトナムで展開した虐殺と婦女子狩りではどうか。非戦闘員である現地民間人になした大規模な虐殺と強姦により、多数の孤児と混血児をベトナムに残したのは、いったいどこの国々であったか。日本にも、ベトナムと共通する「爪痕」は確かに存在している。

 終戦直後の日本で、米軍兵士と、それを真似た朝鮮人がどのような暴虐をなしたか、その無数の爪痕と記録が残る事実にこそ、米議会はよく考え合わせ、熟慮すべきである。そして、かくなる決議案を以って、日本を質す筋合いにはないことに気づくべきである。あえて、謝罪要求の対象とすべきは米国自身であり、韓国であることに気づくべきだ。少々長くなるが、以下に、1つの資料として紹介する。
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SAPIO紙について

 購読されている読者もおられることと思う。ご存知の通り、北朝鮮による拉致事件をはじめ、中韓の反日運動や創価学会はじめカルト宗教の事態を衝く「SAPIO誌(小学館)」は、筆者が時折参照し、記事が指し示す事柄を資料として用いている。いうなれば、「雑誌」に終わらない貴重な隔週誌である。

 その誌面(4月11日号)に、現時局を指摘した記事があったので、既読の方は多くおられると思うが、表題の記事が指し示す資料を短稿に引用し、周知する。

20070622006
SAPIO (サピオ) 2007年4月11日号(表紙)
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日本は攻勢に転じよ!

 表題記事は、次のように締め括られている。 

(以下、記事より引用)

 自民党の戸井田とおる議員は、(平成19年)2月21日の衆院内閣委員会でこう質した。

 「(決議案を提出した)マイク・ホンダ議員に翻訳して差し上げてもらいたい資料がでてきました。(中略)これは、官報号外、昭和28年2月27日に載った第15回国会の社会党の藤原道子議員の質問の議事録です。(中略)そこにはこのように書かれてあります。『米軍の暴行事件は、昨年十二月まで独立後」独立後ですよ、「八ケ月間におきまして千八百七十八件を数え、なお泣き寝入りになっておりまする件数は膨大な数であろうと想像されております」」。

(以上、引用)
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記事の示す事実 (以下、長文引用)

 日本人は「言挙げ(言葉に出して、言いたてること)」するのが苦手な民族であるといわれる。米国で湧き起こった「従軍慰安婦非難決議」にたいして安倍首相や外務省の駐米大使が、正面切って反論しないのはその典型なのかも知れない。しかし、ここに提示される資料をもってしてもなおも立ち上がらずにいられるだろうか。怒りの発掘レポート、言挙げせよ、日本人!

 4月26、27日に予定の安倍首相初訪米の直後に米国下院議会で採決されようとしている「従軍慰安婦非難決議案」は、「日本帝国軍隊が第2次大戦期に若い女性たちを慰安婦として強制的に性奴隷化(セックス・スレイブ)したことに(略)謝罪する」ことを日本に求めるものだ。前文では「20世紀最大の人身売買」であり「集団暴行、強制中絶、殺害、手足切断など」の蛮行を犯したと断じている。 「従軍慰安婦」については、史料検証でその事実がなかったことが証明されているが、詳述は別稿に譲ろう。

 ここでは、「戦争と性」の問題を考える上でひとつの史料を提供したい。それは、GHQ占頷下の日本人女性にたいする米兵の「強姦事件」についてである。
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マッカーサーが厚木に降り立った直後に9件の強姦事件

 占領初期のGHQ 1945年9月「月例報告」では、「日本人は米兵に協力的であり、占領は秩序正しく、流血なしで行なわれた」などと記載されている。また、GHQ外交局長W・J・シーボルドは「(米軍)戦闘部隊兵士の行動は、特に感銘すべきものであった」、「米兵たちはジャップの女なんかには、手を出す気もしない」と記している(『マッカーサーの日本」1970年刊、新潮社より)。

 しかし、これら米国側の記録は、事実ではない。 この米軍の「嘘」を暴く鍵は、占頷下の1945年10月4日に解散させられた「特高(特別高等)警察」(約6000人)の記録の中にある。米軍進駐後、「特高」は「治安維持法」に基づく監視の必要もなくなり、もっぱら進駐軍の素行調査をしていた。前掲の『マッカーサーの日本』にこの記録のことが一部記されており、原本をこの目で確かめてみたいと思った筆者は、国立公文書館でこの資料を発見した。手書きの原本が白日の下に晒されるのは今回が初めてだろう。

 そのファイルが377ページに及ぶ「進駐軍ノ不法行為」(内務省警保局外事課)である。マッカーサーが厚木に降り立った8月30日から10月4日の解散命令までの米軍の不法行為を特高警察が取り調べたファイルを内務省警保局がまとめたものだ。

 ファイルによれば1945年8月30日〜9月10ロの12日間分だけでも強姦事件9、ワイセツ事件6、警官にたいする事件77一般人に対する強盗・略奪など424件(この中には、後述するような理由で強姦事件も含まれていると考えられる)。特別事件として「葉山御用邸侵入」「二重橋ニ侵入皇居撮影事件」「宮様御用列車ニ同乗未遂事件」などが発生している。

20070623009
「8月30日の記録と8月30日〜9月10日の統計」(SAPIOより)
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 「特高」は解散命令が出た10月4日の記録も残している。その日の記録には「公僕学校、倉庫等ニ侵入シ保管品等ヲ不法徴発 被害発生場所屋内10件 屋外10件」「両国ノ浴場ニテ女性暴行未遂事件」などとある。掠れたページもあり、正確な数字ではないが、全ファイル約1か月間で少なくとも強姦37件(未遂を含む)、その他の不法行為945件を数える。

 実際、「特高廃止」指令が出ると、全国の「特高」は、書類を焼却してしまった。しかしス特高」の元締「内務省警保局」の秘密報告書は焼却されず、この米軍の不名誉な記録は、没収され、米国に持ち去られたのだ。その後、実は1973年12月日本に返却され、翌年1月から、国立公文書館に所蔵されていた。
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妻36歳、長女17歳に対し拳銃で脅して……

 米軍の不法行為を明らかにする前に、敗戦後、日本政府が日本女性を米軍の「性の暴力」からいかに守るか、苦心惨憺した様子を少し述べてみたい。日本政府が「慰安所」設置に直接関与したのは、戦時中でなく占領下の米軍(進駐軍)のためにだったのだ。

 1945年8月21日の閣議で近衛文麿国務相が、米軍兵士用の慰安所の設置を主張し、池田勇人主税局長の裁断で5000万円の貸し付けが決定し、1945年8月28日「特殊慰安施設協会」(後に、国際親善協会RAAと改称)が設立された。

 その目的は、「関東地区駐屯軍将校並びに一般兵士の慰安施設」となっていた。GHQは、1945年9月28日、都内の占領軍人用売春街を指令している。

 しかしこれでも日本人婦女子の貞操が守れなかったのである。実際は主権回後後まで膨大な数の女性が「強姦」されていた。ファイルに記された調書をつぶさに見ていこう(公開された文書は被害者の氏名などが黒塗りにされており、その部分は省略して記す)。強姦事件は、米軍の進駐とほぼ同時に始まっている。8月30日は横須賀に海兵隊が上陸した日だが、いきなり事件が発生している。
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強姦事件

(一)八月三十日午後六時頃横須賀市OO方女中、34右一人ニテ留守居中、突然米兵二名侵入シ来リ、一名見張リ、一名ハ二階四畳半ニテ○○ヲ強姦セリ。手ロハ予メ検索ト称シ、家内ニ侵人シ、一度外ニ出テ再ビ入リ、女一人ト確認シテ前記犯行セリ

(二)八月三十日午後一時三十分頃横須賀市○○方。米兵二名裏ロヨリ侵入シ、留守居中ノ右同人妻当○○三十六年、長女○○当十七年二対シ、拳銃ヲ擬シ威嚇ノ上、○○ハ二階ニテ、○○ハ勝手口小室ニ於テ、夫々強姦セリ(以下略)》

 同9月1日、房総牛島に米軍上陸。ここでも事件発生。 《○○方ニ侵入セル米兵三人ニ留守番中ノ妻(ニハ)(中略)奥座敷ニ連行、脅迫ノ上ご三人ニテ輪姦セリ》

 《九月一日午後六時頃トラックニ乗リタル米兵二名(中略)市内○○ニ来り女中一名(24)連レ去リ(中略)野毛山公園内米兵宿舎内二於テ米兵二十七名(ニ)輪姦サレ仮死状態ニ陥リタルモ(中略)三日米兵ニヨリ自宅迄送り届ケラレタリ》

 このような記載が「特高」解散の10月4日まで続く。

 《九月十九日夜十一時頃、(横浜市)保土谷区、出征中○○妻(27)、(中略)ニ侵入シ「ジャックナイフ」デ情交ヲ迫リ、被害者之ヲ拒否シテ戸外二逃避セルヲ(中略)畠(畑)ニ連行、三名ニテ輪姦シタル。更二連中ノ三名ノ黒人兵ガ同所二於テ輪姦逃走セリ》

 調書を総覧すると、米兵の蛮行が眼前に浮かんでくる。

 警察官はいたるところで暴力を振るわれ、拳銃を取り上げられている。一般人は、「乗用車」「ラジオ」「現金」「腕時計」「背広」や「ゲタ」まで、手当たり次第に強奪されていた。

《九月二日午前十一時三十分頃武装米兵六名ハトラックニテ横浜市中区山手町二ー二番地共立女学校内、校長神保勝也二侵入各室ヲ物色シタル後現金二千七百十圓及ウオルサム腕時計一個ヲ強奪逃走セリ》とこのような「強奪逃走せり」が続くのだ。

 その中に、首を傾げたくなる記述がある。それは、「民家に米兵が押し入り、若い女性から腕時計だけ強奪して逃走せり」との記述が散見することである。

 貞操は取り返すことができずとも、せめて当時、貴重だった「腕時計」だけでも、取り返したいとの思いから被害届を出していたのではと思われる。先述した945件の強盗・略奪に強姦(あるいは強姦未遂)も入っているのではないかと考えるのはこのためである。

 このような状況は、神奈川県民を震撼せしめたであろう。当時の朝日新聞(1945年9月5日付)は三股見出しで「神奈川県の女生徒は休校 教職員が家族を巡回指導」と記している。

 しかし、9月19日、GHQ「プレスコード」が発令されて以後は米兵を批判する記事は、新聞紙面からすべて消えている。これで米国は、「強姦」など人道上の米軍の犯罪を封印できたと考えたであろう。しかし記述のように「特高」の調書は、言論統制されてからも継続して綴られていたのだ。
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青少年性犯罪者が
「米兵の真似して何か悪い」と開き直る

 当時の憤りを取材して『黒い春《米軍・パンパン・女たちの戦後》』を1953年に五島勉氏が出版している。その内容は、調書よりも残酷さがひしひしと伝わってくる。五島勉氏は1948年から調査を開始し、本人やその家族・友人・事件の目撃者など1000人にも及ぶ面接にもとづいて占頷下の空白時期をまとめた。

20070623010
「進駐軍向けの慰安施設の一環として
利用された銀座のキャバレー(1945年)」
(SAPIOより)
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 その中の二九外務省外局・終戦連絡委員会横浜事務局の北林余志子氏の作成した米軍の横浜市内と県下の一部を含む、不法行動リストによると、10月末日までで強姦29件となっている。しかも、届け出ない件数は数十倍になると証言しているのだ。

 五島氏は「印刷ミスではない」と断わってこう記す。 「T子(十一歳・武蔵野市小学五年生)R子(同)A子(同)の三人は、十月(中略)武蔵野の林のなかを仲よく手をつないで歩いていた」 《キャンプ・トコロザワの近くで夢中でスケッチをしていると、まずR子がおそわれ、次々に米軍の餌食になってしまったのだ。彼女達のスカートは切られ、何か起こったのか全然わからなかった。子とA子は気絶し、T子はまた泣き叫ぶと、アメリカ兵は彼女の顔を蹴り、ジープで去った》(要旨、以下同)

 このような事件が全国で続発している中で、1946年4月東京・大森で恐ろしい事件が勃発した。 《N病院(=中村病院。その後廃業し、跡はビルと道路になった)は三白のトラックに分乗した米兵によって、およそ一時間ちかくも病院じゅうを荒らされた。彼等の総数は二百人とか三百人とかという説もある。婦人患者のうち重症者をのぞく四十故人と看護婦十七人、ほかに十五ないし二十人の付添婦・雑役婦などが凌辱された》

 「彼等は大病室に乱入し、妊婦・産婦・病気の婦人たちのふとんを剥ぎとり、その上にのりかかった」「二日前に生まれたばかりの赤ちゃんフミ子ちゃんは、一人の兵隊にユカに蹴落とされて死んだ」「M子などは続けさまに七人の兵隊に犯され、気絶した」

 そして、「裸でころがっているあいだを通って、侵入してきたときと同様、彼等は表玄関と裏口から引き揚げていった」−−慄然とする内容である。

 安倍首相や駐米大使がひたすら日本は既に「謝罪している」として、逆に「従軍慰安婦」を既成事実化するかのような姿勢であるのにたいして、自民党の戸井田とおる議員は2月21日の衆院内閣委員会でこう質した。

 「(決議案を提出した)マイク・ホンダ議員に翻訳して差し上げてもらいたい資料がでてきました。(中略)これは、官報号外、昭和28年2月27日に載った第15回国会の社会党の藤原道子議員の質問の議事録です。(中略)そこにはこのように書かれてあります。『米軍の暴行事件は、昨年十二月まで独立後」独立後ですよ、「八ケ月間におきまして千八百七十八件を数え、なお泣き寝入りになっておりまする件数は膨大な数であろうと想像されております」」

 戸井田議員は、この資料で米国に攻めに転じよと言っているわけだ。同官報にはこう続けられている。 「各地における青少年の特に性犯罪、学童の桃色遊戯等の取調の際、彼らは係官に対して、アメリカ兵の真似をしたことがなぜ悪いかと反問し、大人の世界に精一杯の抗議をいたしておるのであります」

 いまだ数々の戦争犯罪に対して、一度も謝罪したことのない米国に、なぜ毅然とした態度で挑まぬのか。米国は、日本を非難する前に、ワシントン国立公文書館や米軍公文書館で調査してみよ。

 慰安婦非難決議の第4頂にこうある。

 「現在と未来の世代にわたり、このようなおぞましい犯罪があったことを教育せよ」 この言葉、そっくりそのまま米国にお返しする。

*加藤良三・駐米大使は決議案か提出されている米国下院議会に、日本政府は慰
安婦問題の責任を認めて謝罪を済ませている、元慰安婦への補償としてアジア女
性基金に4000万ドルを拠出している、などの書簡を送った。

(以上、長文引用)
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2015年09月27日

【KSM】日本の「神風特攻隊」を見たタイ人の反応 「自分の命と同じぐらい国を愛してるんだね 」


【KSM】日本の「神風特攻隊」を見たタイ人の反応 「自分の命と同じぐらい国を愛してるんだね 」
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2015年09月08日

【KSM】英軍降伏!シンガポール陥落「マレーの虎」山下奉文大将 銀輪部隊



「イエスかノーか」の趣旨
シンガポール攻略時に「イエスかノーか」と強圧的に降伏交渉を行ったと言われるが、実-際は「降伏する意思があるかどうかをまず伝えて欲しい」という趣旨を、日本語が拙劣な-台湾人通訳に対して苛立って放った言葉であり、これが新聞等で脚色されたというのが真-相である。話が一人歩きしていることに対し山下本人は気にしていたようで、「敗戦の将-を恫喝するようなことができるか」と否定したという。また、情報参謀として同席し、台-湾人通訳に代わって通訳を行った杉田一次も含めて全員この出来事を否定している。また-、この動画の一番最後を見れば明白である。
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